2010年09月23日

『カデナ』池澤夏樹

久しぶりの更新。
この作品は、ベトナム戦争当時の沖縄を舞台にしている。
米軍、ウチナンチュ、それぞれの視点からみたベトナム戦争と、それに関わる人達の物語だ。

総じて、池澤自身の思想が表れた、という感想。
ベトナム戦争、アメリカの沖縄統治という時代はもう40年も昔のことだけれど、沖縄にはいまだに米軍基地があって、決して過去のことではない。
池澤夏樹はこれまで、モデルはあるにせよ架空の土地であったり、あるいは100年以上も昔の北海道といったように、あまり現実に近づいた部分では話を書いてこなかったように思う。
それが、今作で沖縄を舞台にして、しかも米軍基地という素材を扱ったことについて、少し面食らった。
池澤自身の思想については私自身大いに賛同するところがあるし、その思想信条を鮮明にするのは結構なことなのだけれど、小説を読む時にそれらの生臭い部分が見え隠れしていると、あまり気持ちよく読めないのが残念。
今までの池澤の小説とは一線を画しているように感じたのだが、たとえば10年後に読むと、また感想は変わってくるかも知れない。
posted by TO-SAN at 22:34| 北海道 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月28日

『1950年のバックトス』北村薫

北村薫は、本当に細やかな、ごく小さな心の動きを描くのが巧みな作家だ。
もちろん、作家であるのだからそれは当然だし、そうでなければ小説は書けないのだけれど、この人の作品はすこし別格に感じる。

今回読んだのは短編集。
小説を読んで感じる恐怖は、つまり想像力の産物だ。こわいものを描写したところで、感じる恐怖はたかが知れている。
綾辻行人の『殺人鬼』シリーズなどが良い例で、これでもかというくらいグロテスクで醜悪な描写のオンパレードながら、そこまで怖いという印象はない。
その手の作品よりも、本作の「百物語」、「包丁」のような作品の方がよほど怖い。
「昔町」にも恐怖を感じたのは、私がものごとに執着しない人間だからかも知れない。
映画『歩いても歩いても』でも感じたけれど、執着心というのは、度が過ぎると汚く醜いものになってしまう。それが嫌で、出来る限りものごとに執着しないようにしようと生きている。

話が逸れた。

それらの怖い話でこの本は始まる。そして「万華鏡」や「百合子姫・怪奇毒吐き女」「真夜中のダッフルコート」あたりでは恐怖とあたたかさを同居させ、やがて「ほたてステーキと鰻」や、表題作「1950年のバックトス」あたりでは、春の日差しのように暖かい雰囲気を伝える作品になってくる。

「ほたてステーキと鰻」の牧子は、『月の砂漠をさばさばと』のお母さんであり、『ひとがた流し』の牧子である。親友を亡くしたこと、その寂しさや自分自身の生き方に自問しつつ、それでも前を向いて生きていく姿。
人間は、過去を振り返りはしても、後退はしない。そして、未来を夢想はしても、ひとっ飛びに越えていけはしない。現在を生きるしかない。
牧子の、悩み、それでも生きていく姿に、そのことがはっきりとあらわれている。
表題作に登場する節子さんも、そうやって生きてきた人なのだろうと想像できる。
最後まで読んで、やはり北村薫のあたたかさがしっかりと残る、そんな短編集だ。
posted by TO-SAN at 03:03| 北海道 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月16日

『いっちばん』畠中恵

ジャンルで区別するなら、このシリーズは時代小説に区分される。
しかし、古めかしい感じは一切ない。ほのぼのとしていて陽気で、楽しい。こんな時代小説を私は他に知らない。もっとも、それは時代小説をそれほど読んだことがないからなのだけれど。

今回も一太郎とその周囲の妖怪達は、様々なもめ事に関わり、そしてその一つ一つを解決していく。その体裁は、どこか『池袋ウェストゲートパーク』にも似ているのだけれど、決定的に違うのは主人公がどこまでも情けないという点。
あまりの虚弱体質で、ちょっと出かけただけですぐに熱を出して寝込む。二人の兄やはそんな一太郎をどこまでも過保護に扱う。IWGPの主人公マコトとは随分毛色が違う。
でも、だからこそ親しみがあるというか、どこか読者までもが「ああ、大丈夫かい若だんな」と言いたくなるような感覚を持つようになる。

一息つけるような、そんな本。
posted by TO-SAN at 09:23| 北海道 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月15日

『スノウ・ティアーズ』梨屋アリエ

本を選ぶ時、大体は好きな作家の棚をまず見て、それからその周辺に視線を散らしていくように探していく。
だから、五十音で比較的近い人の本を読むことになるのだけれど、今回読んだ梨屋アリエさんの本は、梨木香歩さんの棚から派生して見つけた。

図書館の書架をふらっと見ながら、梨木香歩さんの本を借りようと思っていた。すぐ近くにあったこの本のタイトルと装丁に惹かれ、手にとったのがきっかけ。

プラスチックのアイスの看板が本物になったり、いるはずのない生物を見たり、生きていないはずのものがしゃべったり。
そんな不思議な体験をしてしまう「不思議体質」の君枝と、その理解者である陸。
読み進めていく間に、この二人は何故付き合わないのだろうとか、このまま離れたところにいる理解者として生きていくのだろうかとか、そんなことを考えた。
考えていたあたりが、もう作者の術中にはまっているということ。
お互いに、気がつくのが遅すぎた相手への思い。いや、もしかすると陸は、最初から自分の気持ちに気づいていたのかも知れない。
ただ君枝を大切にする思いが、自分の思いを告白するところまでいかせなかったのだろう。
それは、トルソーさんを拾った時から、うっすらと感じられていた。
君枝のリコーダーを持っていた陸、バラバラに別れて一人だけが君枝にキスした陸、彼女と同棲しながら、「いつでも電話しろよ」と言っていた陸。
それらは、やっぱり君枝への愛の表れなのだ。
第5章は、悲しい結末だけれど、これしかないのだろうなという不思議な納得をともなった。
陸はもういないけれど、君枝は、それでもやっぱり生きていかなければならない。

良い励ましを与えてくれる本だった。
posted by TO-SAN at 20:46| 北海道 ☔| Comment(0) | TrackBack(1) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『ハリー・ポッターと死の秘宝』J・K・ローリング

ようやく、ハリー・ポッターシリーズの最終巻を読んだ。
1巻を読んだのは、まだ2巻も出ていない頃だったから、もう10年くらい前のことか。

最終巻でも、相変わらずこの子ども達は仲良くならないしお互いを信用しない。しょっちゅう喧嘩をする。
さらに、これまで慕ってきた人達に対しての評価を、コロコロ変えすぎる。
勿論、全ての人が全面的に信用できる訳でもないし、評価すべき点とそうでない点があるのは当然のことではある。そうではあるのだけれど、どうにも子ども達が馬鹿に見えてしまう。
これまでの経験さえ考慮の外とは、なんと頭の固い少年少女だろう。

ヴォルデモートの活躍の場面があまりにも少ないのは、彼が他の魔術師に対して強すぎるからだろうか。
少年少女がヴォルデモートに対抗して闘うというのは設定としては面白いのかも知れないけれど、ヴォルデモートの残忍さを活かすことの出来ないクライマックスであることは否めない。
ルーピンやブラックが死ぬことは、ある程度の必然性を感じるけれど、フレッドの死についてはまったく必要性を感じない。
最後までスネイプの存在が謎だし、ドラコの重要性も疑問。
1巻だけなら大傑作と言えるかも知れないけれど、7巻まで読んだ今となっては、他の名作ジュブナイルファンタジーに比べて、駄作と言わざるを得ない。

先に書いて金庫にしまっておいたという最終章も、先に書いていたせいなのか、いかにもとってつけたようで気持ちが悪い。必要のない一章だった。
ただ、ローリングにとってはこの章を書くことが必要だったのだろう。
それは、愛されることを知らなかったハリーが、新たな家族を得て、温かい家庭を築くという結末。
ロンとハーマイオニーも、ドラコも、それぞれが新たな家庭を得ているということが、物語の締めくくりに必要だったと言うことなのだろう。

ひどく酷評してしまったけれど、期待感の裏返しだと思って頂ければ。
posted by TO-SAN at 20:20| 北海道 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月13日

『蒼路の旅人』『天と地の守り人』『流れ行く者』上橋菜穂子

ここ数日で、『守り人』シリーズを読破。
することがあまりないので図書館通いが続いているせいだ。

最後まで面白い物語だったが、『天と地』に関しては、それぞれの状況が複雑なだけに、少し間延びしてしまった感もあった。

『蒼路』では、チャグムが囚われの身になる。しかも半年あまりもの間だ。
この巻のチャグムには、もはや『精霊』の時のような幼さはない。勿論、若いがゆえに父である帝にかみつき、南へと送られてしまうという意味では、未熟さは残っているのだけれど、純粋な部分を持ちながらも為政者としての自覚を持ち、その役を全うしようとする姿勢がある。

これまでのシリーズを通して、チャグムの物語は『旅人』、バルサの物語は『守り人』として書かれてきた。チャグム視点のこの物語は、だから『蒼路の旅人』となっているのだけれど、この物語は南のタルシュ帝国を軸に、『天と地の守り人』3部作と合わせて4冊で一つの物語となっている。
ここに至って、これまでの物語で舞台となった全ての国が登場し、それぞれの思惑が絡み合う戦となっていく。
すべての物語がここに行き着くための伏線ともなっているという構造は、見事と言うほかない。
チャグムの状況、バルサの状況、そしてそれぞれの国の思惑など、あらゆる場面がしっかり書かれているので、読み応えは十分。少し長いなと思った面もあるにはあるけれど、必要な長さなのかもしれない。

国盗り、そして国の再生という重いテーマ。その中で、物語の最後を飾るのはバルサとタンダの二人。
この二人の、使命を帯びた男女のすれ違い、そして繊細な愛情のやりとり。極限になってはっきりと自覚させられたお互いの想いが、リアルに描かれていてドキドキしてしまう。
バルサの「わたしのつれあいです」という台詞が、今までそんな風に言ったことがない彼女の言葉だからこそ、大きな意味を持って私の目に飛び込んだ。
それぞれの国の思惑や、大きな歴史のうねりの中で、小さな人と人のつながり、愛こそが世界を変えていくのだというメッセージなのかもしれない。

短編集については、出版社や読者からの要請だったのかもしれない。
正直なところ、それほどこの物語には必要のない部分だったように思う。
posted by TO-SAN at 21:37| 北海道 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月09日

『もやしもん』石川雅之

このシリーズ、ずっと買って読んでいたのだけれど、引っ越しの際に過去の本を置いてきてしまった。残念。
9巻が出たので、買ってきて読んだ。

この手の青年マンガの宿命なのかわからないけれど、昔に比べて教訓的というか、現状の問題点などをテーマに話を進めた回が多く、それがちょっと残念。
もっとそんなことはどうでも良くて、ただただ酒やその他の発酵についての話しかない方が、私としては好みなのだけれど。
特に9巻の、食糧自給率の話なんかは、農学的には勿論あって当然の話なのだけれど、菌や発酵とは関係がない。
この手の話は、編集者が入れろと言うのか何なのか…。

でも一点だけ、遥さんがいつにもましてとてもかわいかった。スッピンだからかな。
posted by TO-SAN at 01:31| 北海道 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『神の守人』上橋菜穂子

図書館で、二日間かけて読んだ最初の本。
上橋菜穂子さんの『守人』シリーズに出会ったのは、高校生の頃だった。
シリーズのうち、すでに3冊が刊行されていた。
児童文学ではあったけれど、全く幼稚さのない、骨太の物語だった。その3冊を瞬く間に読み終えてしまった記憶がある。
浪人中、大学に入ってからと、何故かシリーズから遠ざかっていたのを、図書館で久々に見つけ、その日に上巻『来訪編』、そして日を改めて下巻『帰還編』を読了。
まだ本を借りることができないので、図書館で読むしかないのが少し残念。

『神の守人』は、シリーズ5作目にして、初の上下巻構成。
「古くからの伝承には誇張、偽り、逆転がつきもの」というのは、シリーズのこれまでの作品でも表れていた話題の一つだ。
これは勿論、作者の上橋菜穂子さん自身が文化人類学者であることが関わっているのだろう。
今回も当然その話題は出てくるのだけれど、これまでとは少し立場が違う。
これまでの作品では物語の流れから「権力者が自分の都合がよいように伝承を変えてしまった」と判明する場合が多かったが、今回は敵側が「伝承は間違っていたのだ、真実はこうだ」と、自分達に都合が良いようにうまく言いくるめる、そんな話になっている。
タルハマヤ神は、見方を変えてみれば裁きの神であって、正しく付き従うモノには善なる神であるかのように映る。
しかし、人の心の動きによって表れるということは、結局の所カミというよりも悪霊に近い存在なのだろう。
憎しみの心、殺意を増幅させる悪霊。喜びの感情に反応する描写が一切ないことが、その表れだ。

ストーリーもさることながら、相変わらずキャラクター、世界の魅力は並々ならぬものがある。
その世界の様子をありありと思い浮かべることができるのは、丁寧に作品の世界を創り上げているからだ。そのあたりも、文化人類学者の面目躍如といったところ。
シリーズは今作で5作目ながら、それぞれテーマも違えば、それぞれの作品の主要国、重要人物も違うのでマンネリ化しているとも思わない。

自分の子どもにも読ませたい本の一つだ。
posted by TO-SAN at 01:13| 北海道 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

図書館

武蔵野に引っ越してきてから一月あまり。
仕事は決まらないけれど、少し生活が落ち着いてきたので、市立図書館に行ってみた。
昔から、とにかく本がたくさんある場所が好きで、小学校の頃から学校の図書館に入り浸り、市の図書館にも通っていた。
かつて住んでいた広島には図書館がたくさんあった。県立図書館の他に、市立図書館が各区に一つずつ、そして中央図書館と子ども図書館、さらにマンガ図書館というのがあった。
私がいつも行っていたのは子ども図書館と中央図書館。家から一番近いのがその二つだった。
でも、中区図書館、西区図書館、南区図書館、東区図書館、マンガ図書館、そして県立図書館にも通った。
学校にも毎朝自転車で30分かけて通っていたくらいだから、大体30分圏内の図書館には平気で行っていた。

武蔵野私立中央図書館は、大体徒歩で20分。遠すぎず、歩いていくのにちょうど良い距離だ。
まだ住民票を移す手続きをしていなかったのだけれど、本を借りたくて、転出・転入の手続きを進めている。
これから、通うことになるだろう。
posted by TO-SAN at 00:36| 北海道 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月15日

『西日の町』湯本香樹実

横浜の先輩宅に泊まり、出勤した旦那をよそに寝ている奥さんをさらによそに、本を一冊読み切った。
短い小説。
湯本香樹実の作品は、『夏の庭』『ポプラの秋』を読んだことがある。

読んだことのある一連の小説を並べると、文庫本で解説を書いたなだいなだのパクリになってしまうけれど、老人と子どもという題材を軸にしている。
この三作品に共通しているのは、老人には必要以上に、死の匂いというか穢れの雰囲気が漂っている点だ。
そして、悪意とか、無邪気さ故の残酷さとか、そういったものがあるのも、作品の第一印象を悪くしているように思う。

しかし、最後まで読み切った時に残るのは爽やかな読後感。これはうまい。

今回読んだ『西日の町』は、北九州小倉を舞台にした作品。
語り手は10歳の少年なのだけれど、その母親の描写が素晴らしい。
ふらふらと放浪していた父に対する恨みと、それでも愛さずにはいられない娘としての感情が入り交じった行動。
語り手の年齢故に細かくは語られないが、彼女の心理がよく伝わってきた。
設定上、主人公は語り手の男の子なのだけれど、祖父と孫の話というよりは、父と娘の話、という風に読んだ。

書いているうちに、もう一度読みたくなってきた。
二回目はどんな風に読めるだろうか。


続きを読む
posted by TO-SAN at 13:09| 🌁| Comment(1) | TrackBack(1) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月04日

『聖☆おにいさん』中村光

私はクリスチャンだけれど、この漫画は結構面白いと思う。
だんだん巻を重ねるごとに内容は冒涜的になっていっているけれど、
まぁこのての漫画は仕方ない。
本当に仏教とかキリスト教がこんな感じだと思われては
確かに困るけれど、普通は誰もそんなことは思わないだろう。

5巻を読んだ。
今回面白かったのは、アナンダの回とイースターの回。
こんなイースター、今の日本の教会でもやらないかと思うくらいだ。
でも、やらないのだろうけど。
posted by TO-SAN at 17:26| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月22日

『明日の記憶』荻原浩

ちょっとだけでやめるつもりが、朝までかかって読み終えてしまった。
若年性アルツハイマーを題材にした作品。
だんだんと記憶が薄れていくことの恐怖。自らの行動がわからなくなる恐怖。
読んでいてあまり気持ちの良い感じではなかったのは、おそらく私の精神状態がいつもと違っていたからだろう。
面接の直後だったので。

もう一度読むには少し重すぎる内容の本。しかし、これが若年性アルツハイマーの症状についてある程度正確だとすれば、読んだ価値はあっただろう。
しかし、本当に大変なのはこの作品が終わってから先の話なのだ。

似たような題材でいえば、『君に読む物語』の方が余程良い出来だったように思うのだが。
posted by TO-SAN at 05:05| 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『雅楽戦隊ホワイトストーンズ』鈴井貴之

クリエイティブオフィスキューの社長にして、「水曜どうでしょう」での大泉洋の相棒といえば、この鈴井貴之である。

HTBの深夜番組「ドラバラ鈴井の巣」で、札幌市白石区だけを守る正義のヒーローとして登場したのが「ホワイトストーンズ」だ。
この作品は、その企画、脚本、主演をつとめた鈴井の手による小説作品。とはいえ、ドラマのストーリーとは全く別のストーリーとなっている。

小説自体はそれほど評価できないが、ドラマを見ていた自分にとっては、また別のダークなパラレルワールドを覗き込んでいるようで、面白かった。
ドラマを見ていない人間の感想も見てみたいものだ。
posted by TO-SAN at 04:56| 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月21日

『ブラバン』津原泰水

タイトルに惹かれて、某古本チェーンで購入。
そうしたら、意外と自分にヒットした。

人生なんて、そうそう上手くはいかない。
今の私の実感でもあるのだけれど、この物語は本当にそういう人達が集まって出来ている。
努力だけで全部が報われるほど単純な人生でもないし、出来ないことはやっぱり頑張っても出来ないものなのだ。
それでも、生きていることは素晴らしい。

地元の、しかも吹奏楽部出身の(共演したことのある高校の吹奏楽部!)作者が、広島を舞台に、吹奏楽部OB・OG達のどうしようもない物語を描いた。
巧みな広島弁、地元を思い出させる風景の描写、ピンポイントに私にヒットしてきた。
他の人が読むのとは違う感想なのだろうけれど、この本を手に取れて良かったと思う。
posted by TO-SAN at 03:27| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月09日

『人のセックスを笑うな』山崎ナオコーラ

映画を観てから小説を読んだ。
原作のユリちゃんは永作博美ほどかわいくはないし、
えんちゃんも蒼井優ほどかわいくないし、
ミルメ君も松山ケンイチほど格好良くはない。
けれど、不思議に魅力を感じる小説だった。

とても綺麗な書き方をしているけれど、状況はなかなかにひどい。
この小説の現状だって、20歳も年上の人妻と不倫をしている男子学生、というなかなかドロドロしたものだ。

これがキレイに見えるのは、ミルメ君というよりも、やっぱりユリちゃんの存在によるものなのだと思う。
やっていることは不倫だし、それを悪びれてもいないという悪女なのだけれど、どこか潔癖で、少女のように純粋な存在。

でもこういう人、近くにいたらヤだなぁ…なんて思ったりもした。
それは、私がまだ学生という立場だからかもしれない。
posted by TO-SAN at 21:42| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月10日

『蝉しぐれ』藤沢周平

たまにしか書かないくせに、書く時にはこうしてまとめて記事を書く。

最近はこれといって映画も観ていない。
それでも小説はいくつか読んだような…読んでないような…。

『蝉しぐれ』藤沢周平
爽やかな時代小説。
あまりにもクセがなくて、あっさりしていた。
今まで私が読んだことがある時代小説というと、
池波正太郎の『剣客商売』だとか、
隆慶一郎の『鬼麻呂斬人剣』だとか、
登場人物に一癖も二癖もある、そんな小説ばかりだ。
そういう意味で、この小説の印象は薄い。
文章はさすがに美しく、描写もキレイだけれど、
本の印象があまりに上品すぎるために、
強く推すこともためらわれる気分にさせられる。
面白かったのにこんな感想を書くのはちょっと迷うけれど、
もう少し力強い作家が好きな私としては、これくらいかな。
posted by TO-SAN at 03:07| ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月28日

『大使閣下の料理人』

「本」のカテゴリで記事を書くのはこれがはじめてになる。
大体、今になってまとめて自分のことを言いたい気分になっているのもおかしな話だ。
これまでのブログで、どれほど文字を綴っても自分の思いがまっすぐには伝わらないということを、痛いほど思い知っているというのに。
でも、それでも自分語りをやめられないのは、これもナルシシズムか、あるいはマゾヒズムか。

ともかく、『大使閣下の料理人』のこと。
全25巻、すでに完結しているこの作品は、在ベトナム日本大使の公邸料理人が主人公の料理漫画、政治漫画、である。
外交官とはなんぞや。外国の人と接するとはなんぞや。
異文化に触れるとはどういうことか。
外交官の設宴に料理を運ぶ人間の目から、「食」という根源的な部分で、人と人の交わりを描いたのがこの作品である。
食べると言うことは、生きるためには必要不可欠なこと(経管栄養食というのもあるにはあるけど)。
それでいて、国ごと、地域ごとに決定的に差異が現れるのも、「食」だろう。

原作者の西本ミツル氏は、元々実際に公邸料理人をしていた方で、その経験からリアルな視点でベトナムの社会を描いている。
我々日本人に限らず、外国を訪れる時にその国のマナーをまったく学ばない観光客も多い。しかし、本当の意味で相手を知る、相手の国を見るためには、そんな姿勢ではいけないのだということを教えてくれる漫画である。
posted by TO-SAN at 01:47| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。